『タイトルックBlog』

悔いのない生き方は、後悔の繰り返し。

本の世界と現実のリンク

本を読んでいると、たまに本の世界と現実がリンクすることがある。

 

村上春樹の小説「ダンスダンスダンス」の中で、ホテルのエレベーターを降りるといつものフロアではなく突然別の世界が広がっているというようなシーンがあるのだが、昔それと同じような体験をした。

 

ある日の夜、帰宅した時のこと。

自宅マンションのエレベーターを降りると僕の部屋がなくなっていたのだ。

 

!?!?

 

その当時僕が住んでいたマンションは、エレベーターを降りると目の前に自分の部屋のドアがあるという状況だった。

 

しかし、どう見ても、何度見ても、いつもあるはずの場所にドアがない。

そこには真っ白い壁しかない。

頭に浮かぶのは、ダンスダンスダンスのあのホテルのシーン。

 

これは別世界?

もしかしたら僕は村上春樹の作品の一部なのか・・・?とパニックになった僕は、本当に動けなくなってしまった。

 

数分後、ようやく冷静さを取り戻し、あたりを見渡す。

するとようやく気づいた。階数が違うということを・・・!

 

2階に住んでいたのに、なぜかエレベーターで4階のボタンを押していたのだ。

そして2階と4階では構造が違うようで、4階には僕の部屋と同じ位置にはドアはなく、壁になっていた。

 

後にも先にもエレベーターのボタンを押し間違えたことはない。

なぜあの時4階を押したのか、全くわからないが、ダンスダンスダンスを読んでいたことが影響していたとしか思えない。

 

また、銀河鉄道999を読んでいた時も、不思議な体験をした。

銀河鉄道999は知っている人も多いと思うが、主人公の鉄郎が機械の身体を手に入れるため、メーテルと共に銀河鉄道999に乗り、惑星アンドロメダを目指す物語。

 

アンドロメダを目指す途中、色んな惑星に降り立つが、そこでみんな鉄郎が持っている銀河鉄道999に乗るためのパスを奪おうとしてくるというシーンがあるのだが、これを読んでいる時、生まれて初めてパス(Suica)をなくした。

 

これは、どう考えてもおかしい。
人生で一度もなくしたことのないパスを、なくすとは思えない。

もちろんあれ以降、パスをなくしたことはない。

 

あの時、中央線という名の銀河鉄道999で、
僕も鉄郎のようにパスを奪われたのだ。

当然ダンスダンスダンスの時と同じように、改札の前でパニックになった。

 

もしかしたら僕は松本零士の作品の一部なのか・・・?僕の本当の名前は鉄郎?

今思い返せば、隣に金髪ロン毛の女性がいたような気も・・・。

 

危うく駅員さんに「すみません、パスを奪われてしまったんですけど・・・」と言いそうになった。

ダンスダンスダンスでの経験がなかったら恐らくそうしていたであろう。
(ダンスダンスダンスの経験ってなんやねん)

 

今後、サスペンス系の本の世界と現実がリンクしないことを願う。

買うか、買わないか問題

別に買わんでもいいけど、なんかいつも気になるものってないですか?

 

「買おうかな。でもまぁ、別に無くてもいいか」となって、結局買わない。

でも、ふとした時にもう一回調べる。

みたいなやつ。

 

最近の僕は、Kindle端末を買おうかいつも迷って、結局買わないというのを繰り返している。

 

というのも、去年からKindle電子書籍を読むようになった。

友人からKindleの良さをプレゼンされ、とりあえず読み始めてみたところ、これがめちゃくちゃ便利で良いわけですよ。(僕は非常に人に影響を受けやすいのです)

 

たまに紙の本を買う時もあるけど、最近はほぼほぼKindleで買っている。

というか、Kindleにしてから、本を読む時間が圧倒的に増えたので、それが何よりのメリットであると思う。

 

普段はiPhoneKindleアプリで読んでいるが、本を読むためだけの端末であるKindle端末を買おうかどうか、という悩み。

 

 

欲しいなら、買えよ!

 

 

まぁこの一言に尽きるんですが、別にiPhoneで読めるし、わざわざ要らんかな?と思っていつも躊躇してしまう…。

 

でも、Kindle端末を持つ事のメリットもわかっている…。

 

んー、まだ迷う日々は続きそうです。

 

 

僕の中で、何かを買うか買わないか迷った時に、指針となっている言葉がある。

 

「迷ってる理由が金額なら、買った方がいい」

「買う理由が金額なら、買わない方がいい」

 

昔どこかで聞いた言葉だが、いつも迷った時はこの言葉を思い出し、買うかどうかを決めている。

 

えっと、今回のケースは、どっちですか?

 

迷っている理由が金額でもなく、買う理由が金額でもない。

 

まぁどちらかというと、安いから買おう!となっている訳ではないので、前者に当てはまるのかな。

ということは、買った方がいいということか。

 

まぁもう少し考えます。

 

 

P.S

ぎっくり腰はもうすっかり完治しました。

うどんも人間も、腰が大事。

 

Born to Run

最近観た、カセットテープダイアリーズという映画が良かったので、この気持ちを忘れないうちにブログに残しておきたい。

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舞台は1987年(僕の生まれた年)イギリスの閉鎖的な田舎町。

パキスタンからの移民である主人公は、子供の頃から詩を書き続け、高校生になる頃には作家になりたいという夢を持つ。

しかし、自由を許さない厳格な父との衝突や、移民であるということを理由に心ない人種差別を受ける日々。

 

そんな鬱屈した日々を送る中、ブルーススプリングスティーンの音楽に出会い、彼の人生が変わっていく・・・

 

という感じのストーリー。

青春映画だが、時代背景や人種差別の問題など、扱っているテーマは結構重い。

 

しかし、ブルーススプリングスティーンの音楽、夢に向かっていく姿、友情、恋、全てがキラキラしていて、そこまで重くならないように描かれているのがとてもいい。

 

更に、「閉鎖的な田舎町」「夢を反対する父」という状況が自分と重なって、主人公の気持ちが痛いほどわかる。

 

僕もとにかく早く実家を出たかった。

田舎に住んだことある人しかわからないと思うが、田舎って本当に閉鎖的、保守的で、なにか違う事をするということを嫌う人が多い。

 

バンドをやりたいから東京に行くなんてもっての外で、僕も父に強く反対されたという過去がある。

環境は違えど、田舎から抜け出して好きな事をやりたいという主人公にとにかく共感したのだ。

 

いやー、良い映画だった!

感動した!

 

そしてこれ、実話らしい。

 

映画を見終わった後に、改めて聴くブルーススプリングスティーンも最高だった。

 

Netflixにあるので、気になる方は是非。

 

映画を見終わった後の爽快な気持ち、これを永遠に感じたい。

 

Morning Glory

ホテルの朝食バイキングが好きすぎる。

普通の朝食とは全く違い、もはや「ホテルの朝食バイキング」という一種のジャンルである。

 

夕食がバイキングというパターンもあるが、夕食のバイキングともまた違う。

夕食よりも、圧倒的に朝食バイキングが好きなのである。

 

どのホテルも朝食の時間は早くて大体6時〜8時、9時くらいまで。

ホテルに泊まるということは、旅行である場合がほとんど。

大体夜遅くまで飲んでいるため、翌日朝早く起きるのは辛い。

だがしかし、無理をしてでも早起きし、眠い目を擦りながら朝食会場に向かうのだ。

 

まずは、和食から。
白ごはん、味噌汁、卵焼き(オムレツもいい)、ウインナー。

あのバイキングでしか見ないちっちゃい焼き魚も外せない。

もちろんサラダも必要。
(ドレッシングの種類が豊富であるとなお良し)

 

これらのスタンダードメニューに加え、
その土地のご当地の食べ物があると最高である。

 

金沢に行った時はイクラかけ放題で海鮮丼が作れるコーナーがあり、金沢カレーハントンライスなど、これでもかとご当地グルメがあって、テンションが上がった。

 

和食をある程度食べ終えると、次はパンへと手を伸ばす。


2台ほど設置されたトースターで1分半ほど温め、その間にバター、ジャムをテーブルに運ぶ。

ここでホットコーヒーも準備する。

和食もいいけど、朝のパンとコーヒーも最高である。

 

あの使い切りのバターとジャム、残したら悪いと思って最後無理やりパンに塗っちゃうよな〜というあるあるを通り抜け、パンを食べ終える。

その後、フルーツを食べてフィニッシュ。

 

これが僕の朝食バイキングである。

お腹いっぱいで部屋に戻り、温泉(大浴場)があれば、最後にもう一回入る。


時間があればもう一回寝てしまうこともあるが、このチェックアウトまでのダラダラも嫌いじゃない。

 

しかし、朝食バイキングには難しい問題もある。
先ほども述べたように、旅行で来ていることが多い。

 

そう、昼からもご当地グルメをバリバリ食べたいのだ。

あまり朝食を食べすぎると昼があんまり食べれない。でも、朝食バイキングも楽しみたい。

どちらに重きを置くか、という一番難しい2択を迫られる。

 

結局、朝食バイキングを控えめにするということで毎回自分に折り合いをつけ、昼からの観光に備えるというのが、定番。

 

昔は、どっちも無理して食べるという選択肢もあったが、無情にもその選択肢は年々無くなってきている。年齢には逆らえない。

 

唯一、旅行で行っても絶対にホテルで朝食バイキングを食べない土地がある。

 

香川県である。

 

なんで?という疑問はもはや生まれないと思うが、早朝からうどん屋巡りが始まるので、ホテルで朝食を食べている場合ではない。

 

たぶん香川のホテルには、うどんコーナーがあるだろう。そこそこ美味しいであろう。

 

しかし、流石にそれを食べようとは思わない。
一刻も早く車を走らせ、うどん屋を巡りたい。

 

香川で早朝に食べる、あったかいかけうどんがこの世で一番美味いかもしれない。

 

何を隠そう、僕が今まで旅行に行った土地で圧倒的に多いのが香川県である。


まだまだ行けていないうどん屋が沢山あるし、これからの人生で何度と訪れることになるだろう。

 

香川のうどん屋巡りは結構時間がシビアで、基本的に朝早くから14時くらいまでしか営業していないところが多い。

 

頑張っても14時までに3〜4店舗くらいしか回れない。夜だけやっているうどん屋もあるので、そこに行けて5店舗。

 

行きたい店をリストアップし、店同士の距離、定休日との兼ね合いもあり、効率よく回るのが結構難しい。

長期間行ければいいのだが、1泊、2泊くらいだと、どうしてもいける店が限られてしまう。

再訪したい店もいっぱいあるし、新規開拓もしたい。


ここもまた難しい選択である。

 

迷った挙句お気に入りの店に行ってしまうことが多く、1回の旅行で新規開拓できる店が少ない。(これは自分の都合やけど)

 

一ヶ月くらい休暇を取って、高松にマンスリーのマンション借りて、毎日飽きるまでうどんを食べるというのが僕の夢である。

 

なんか旅行に行きたくなってきた。

 

早く気軽に旅行できる時がくればいいなと、心から願う。

 

海外にも行きたいし。

 

香川旅行に行こうと思っている人がいたら、おすすめのうどん屋紹介しますので、ご相談ください。(人気のお店はネットですぐ調べられますが)

マイフレンドフォーエバー

数日前から、左目の下辺りが時々ピクピクする。
こうしてブログを書いている今も定期的に動いている。

 

ネットで検索すると「眼瞼ミオキミア」という症状がヒットする。

目の疲れやストレスなどからくる症状で、病気というよりは生理現象に近いものらしい。

 

確かに仕事で毎日長時間パソコン画面を見るし、目は疲れているのかもしれない。

ブログなんか書いてないで目を休めろ!という話だが、今書きたい気分なので仕方ない。

 

パソコン、スマホはどうしたって毎日見るし、ある程度の目の疲れは仕方ないと思うが、問題はストレスである。

 

僕はどちらかというとあまりストレスが溜まらない方だと自覚しているが、恐らく無意識の内に溜まっているのだろう。

 

やっぱり仕事がつまらない(遠い目)
これがストレスの原因だろうか。

 

人生においては「何をやるか」よりも「誰とやるか」が重要であると思う。

 

例えば、嫌いな人と旅行に行くより、好きな人と近所の公園で喋る方が楽しいというのは明確であり、それが人生の全てではないかと思ったりする。

 

もちろんバンドもそう。
好きな人と一緒にやることが重要である。

 

ジャンルなんてのは結構どうでもよくて、こいつとやりたい!という気持ちを持ったもの同士が集まれば、それはもう最高のバンドであり、既にゴールしている状態なのだ。

 

kisekiのボーカル、シュンがバンドを立ち上げた時に、「この人たちとなら失敗してもいいと思えるメンバーを集めた」と話していた。

 

まさに、その精神である。

 

実際そう思ってもらえたのは嬉しいし、短い期間ではあるが、僕自身もそこに参加できたことが嬉しかった。

 

僕の個人的な都合もあり、サポートメンバーとしての参加ではあったが、サポートメンバーという意識はもちろんなかったし、曲作りにも積極的に参加をした。(つもり)

 

でも、最終的にはドラムを断念することになり、バンドを離れた。

期待に応えられなかったことが悔しくて、本当に申し訳なかった。

 

ちなみに辞めることを伝えた日、メンバーはみんな優しくて、特別慰めるわけでもなく、いつも通り楽しく飲みに行ってくれて、明日もあるのに朝まで一緒にバカ騒ぎしてくれた。(解散して1人になった時、それが逆に寂しくなるのだが)

 

悲しさと楽しさと寂しさと悔しさの混じったこの日のことは、たぶん忘れない。

恐らく死ぬ間際に走馬灯として流れるシーンであると思う。

 

その数ヶ月後、シュンは「マイフレンドフォーエバー」という曲を作ったと、僕に報告してくれた。

 

このマイフレンドフォーエバーという曲、分かる人もいるかもしれないが、僕が以前やっていた宇宙探検隊というバンドでも同じタイトルの曲がある。

 

当時シュンが所属していたTHE SNEEZEと、宇宙探検隊はよく一緒にライブをしていて、その頃からシュンは、マイフレンドフォーエバーいいねと言ってくれていた。

マイフレンドフォーエバーは、アルバムタイトルにもなるくらい宇宙探検隊にとっても大事な曲で、僕も大好きな曲だった。

 

その後、宇宙探検隊は解散。
その何年後かにTHE SNEEZEも解散。

 

THE SNEEZE解散後、シュンは僕を誘ってkisekiを立ち上げた。

 

そんな時を経て、kisekiは僕をテーマにした、マイフレンドフォーエバーという曲を作ってくれたのだ。

 

これからの人生で、誰かが自分のことを曲にしてくれるということは、たぶんないだろう。

 

レコーディング後、CD発売前に曲を聴かせてくれたのだが、初めて聴いた時は涙が止まらなかった。

そこから何度も再生した。

 

今でも、なんか落ち込んだりした時に聴く曲。
恐らくこの曲を世界で一番聴いているのは僕だと思う。

 

僕がバンドを続けられていたら、作られなかったであろう曲。

 

続けたかったけど、続けられなかったから存在するというのが複雑ではあるけど、いい曲がこの世に誕生したのだから、結果的には良かったのだと思う。

 

まだ聴いていない人がいたら、ぜひ聴いて欲しい。
僕のこととかは関係なく、いい曲なので。

 

というか、この曲が入っている2ndEP、4曲とも全部いい。

↓ここから買えるみたいなので、ぜひ。

kisekigoods.theshop.jp

 

目がピクピクする、仕事がつまんない、ということを書こうと思っただけなのに、いざ書き始めたら色々思い出して、全然書く予定のなかったことを書いてしまった。

ブログはこういうところが面白いのかもしれない。

Radio Ga Ga

このブログで度々書いている通り、僕は数年前からラジオにハマっている。

ラジオと言っても色々あるが、基本的には芸人の深夜ラジオが好きで、よく聴いている。

 

ご存知の方も多いとは思うが、今はスマホ・PCでradikoというアプリを使えばいつでもどこでもラジオが聴ける。

 

更にタイムフリーという機能があり、放送から一週間は過去を遡って聴けるのだが、これがめちゃくちゃ便利。

 

正直深夜ラジオを毎回リアルタイムで聴くのは結構難しいので、移動中や休日など、好きなタイミングで聴けるというのが本当にありがたい。

 

このタイムフリー機能こそが、昨今のラジオ人気再熱の要因であると思う。

 

 

僕が最初に聴き始めたのは、うしろシティの星のギガボディ。

その後、問わず語りの松之丞(現在は神田白山)、空気階段の踊り場、ハライチのターン、霜降り明星ANNなど、徐々に聴く番組を増やしていった。

 

今は月曜から土曜まで、聴ける限りの深夜ラジオは聴いている。

 

ちなみに、ラジオを聴くきっかけとなった星のギガボディは去年の3月で終了。

初めて「自分の好きなラジオ番組が終わる」ということを経験したのだが、これが思ったより落ち込む。

 

子供の頃から「好きなテレビ番組が終わる」という経験は沢山してきているが、正直ショックを受けたことはなかったと思う。

 

でも、ラジオは違った。

 

これはリスナーの勝手な思い込みだが、どうしてもラジオはパーソナリティとの距離が近いと感じる。

 

テレビは観るだけだが、ラジオは参加している気がするのだ。

 

だからこそ、番組終了は結構ショックだった。

 

そして、長年ラジオを聴いてきている人は「自分の好きなラジオ番組が終わる」という経験を何度もしているのか・・・と思うと、切なくなった。

 

もちろん、今聴いている番組もいつかは終わる。

好きな番組はできるだけ長く続いて欲しいなと思う。

(ちなみに、今一番好きなのは真空ジェシカのラジオ父ちゃんです)

 

話は変わって、大手牛丼チェーンすき家で流れている「すき家RADIO」というものがある。

まぁいわゆるラジオ番組の形式で流れる店内放送である。

 

数年前の冬のある日、すき家で昼食を食べていた時に流れていたので、何気なく聴いていた。

 

店内放送とはいえ、流石に「すき家RADIO」と名乗るだけあって、ラジオっぽい。

 

本物のラジオさながらにパーソナリティがいて、しばらくすると、お便りを紹介するコーナーが始まった。

 

お便りは、ラジオネームSさん(仮名)という主婦の方から。

パーソナリティがお便りを読み上げる。

 

内容はざっくりこんな感じだった。

「こんな雪の降る景色を眺めていると、悩んだり、ドキドキしたりした、昔の淡い恋を思い出します。今は結婚して子供も2人。幸せに過ごしていますが、あのキラキラした瞬間はもう戻ってこない。そう思うと少し切なくなります。もちろん今の生活に不満はなく幸せなのですが、雪を見るとなぜかそんな気持ちになるのです。」

 

昼間のFMラジオのようなお便り。

まぁたまにはこんなラジオもいいねぇと思いながら牛丼を口に運ぶ。

 

 

パーソナリティ:なるほど。ふと昔を思い出すことってありますよね〜。そんなラジオネームSさんのリクエスト曲を聴いていただきましょう!

コブクロで「雪の降らない街」

 

♪〜曲が流れる

 

僕:ガタッ!(雪の降らない街!?)

雪の降る景色を見て昔を思い出すエピソードの後に、雪の降らない街!?

なんで!?

 

思わず立ち上がってしまった。

もっと曲あったやろ。

 

正直、雪の降らない街という曲を僕は知らない。

ちゃんと聴けば、もしかしたらあのエピソードにぴったりなのかもしれないが、お便りの内容とタイトルの違和感に引っかかってしまって、その後の曲が全く入ってこなかった。

 

あれ以降、僕はすき家に行っていない。

 

賭けコーヒー

仕事の休憩時間によく行く、カフェチェーンのお店がある。

毎日とまではいかないものの、週に3〜4回は食後のコーヒー&読書タイムの場所として利用している。

 

大体同じ時間帯に行くということもあり、どうやらその時間帯によくシフトに入っている1人の店員さんに覚えられてしまっているようだ。

 

その人を仮にAさんとしよう。

 

僕も昔、アルバイトでカフェやコンビニ店員を経験しているのでよくわかるが、常連客の顔を覚えるというのは結構ある。(あだ名を付けられていることもある)

 

なので、他の店員さんも僕が常連客だということは認識していると思うが、唯一Aさんだけが僕に特別対応をしてくれる。

 

「特別対応」というと、なんかいい感じに聞こえるが、これが何ともありがたいような、ありがたくないような…。

 

僕はいつもアイスコーヒーもしくはホットコーヒーのいずれかを注文する。(暑いとアイスコーヒー、寒いとホットコーヒーという単純な注文)

 

仕事の休憩中に行くので、店内での滞在時間は限られる。

そのため、店内を利用するが、飲み切れない可能性があるので「アイスコーヒーをテイクアウト用のカップでください」という感じで注文をする。

 

いつも呪文のように「テイクアウト用のカップでください」と注文する僕を覚えてくれて、いつからかAさんは何も言わずともテイクアウト用のカップを用意してくれるようになったのだ。

 

「テイクアウト用のカップでください」と言うのは意外と煩わしいので、最初は結構ありがたいと思っていた。

 

しかし、Aさんの特別対応は日を追うごとに加速していく。

 

ある時、僕がアイスコーヒーかホットコーヒーかを告げる前に、勘でホットコーヒーを準備しているではないか!!

 

その時は、別の店員さんがレジを行い、後ろでAさんが飲み物を作るという役割だったようだが、僕はAさんに気付かず「アイスコーヒーをテイクアウト用のカップでください」と、いつも通りの注文をした。

 

すると、Aさんが慌てた様子で、今まさにマシーンで抽出中のホットコーヒーを止めようとしている。

 

僕はそのホットコーヒーが前のお客さんが注文したものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 

レジに並ぶ僕を見て、Aさんは「今日はホットコーヒーだろう」と賭けて、注文前に準備していたのだ。

 

賭け麻雀ならぬ、賭けコーヒーである。

コーヒー賭博と呼んでもいい。

 

しかし、僕は今日アイスコーヒーが飲みたい。

 

 

コーヒーマシーンは一度動き出したら止まらないシステムのようで、一杯分のホットコーヒーは滝の如く、無常にもマシーンの受け口に流れていった。

 

Aさんの賭けは見事にハズレ。

 

 

「なんかわからんけど、すみません・・・」

 

と、僕は心の中で謎の謝罪をした。

競馬で1番人気の馬に乗って勝てなかったジョッキーはこんな気持ちなのだろうか。

 

 

 

いや、ちょっと待てよ。(キムタク)

僕は悪くない。多分僕は悪くない。

 

そんな事に惑わされず、僕はこれからも飲みたいコーヒーを飲むのだ!と心に決め、その後も同じように店に通った。

 

そこから、今日に至るまでAさんの賭けコーヒーは止まらない。

 

特に最近は寒い日が続くにも関わらず、アイスコーヒーに賭けている日が多い。

競馬でいうところの大穴狙いだ。当然勝率は低い。

 

しかし、初めはAさんの予想を裏切る形になったとしても自分の飲みたいコーヒーを注文していたが、最近はAさんの勢いに負け、注文をする前にマシーンを見て、セットされているコーヒーを頼むようになってしまった。

 

Aさん、僕の負けです。

 

なので最近は、アイスコーヒーを飲むか、ホットコーヒーを飲むかの選択肢ではなく、Aさんがどっちに賭けているか。

僕のコーヒー選択権は剥奪されてしまったのである。

 

明日はどっちだろう。そろそろホットコーヒーが飲みたいな。

 

ちなみに他の店員さんは全く賭けコーヒーをしてこないのでありがたい(当たり前)。

あの店のシフトを裏ルートで入手したいと心から思う。

 

というか、一回話しかけてくれればいいのに。

「いつもありがとうございます」的な一言があれば、僕も「いえ、こちらこそ。というかいつも先回りで作ってくれてますよね!ありがとうございます。でも実は・・・」という感じで伝えられるのに。

 

僕から話しかけるべきなのだろうか。

でも話しかけた瞬間、僕たちのこの絶妙な関係は終わる。

 

もしかしたら、僕もAさんも、2人にしかわからないこの微妙な距離感を楽しんでいるのかもしれない。

 

明日はホットコーヒーが飲みたい。

店に入った瞬間、「あー、今日は寒いなー」という顔をしようと思う。