賭けコーヒー
仕事の休憩時間によく行く、カフェチェーンのお店がある。
毎日とまではいかないものの、週に3〜4回は食後のコーヒー&読書タイムの場所として利用している。
大体同じ時間帯に行くということもあり、どうやらその時間帯によくシフトに入っている1人の店員さんに覚えられてしまっているようだ。
その人を仮にAさんとしよう。
僕も昔、アルバイトでカフェやコンビニ店員を経験しているのでよくわかるが、常連客の顔を覚えるというのは結構ある。(あだ名を付けられていることもある)
なので、他の店員さんも僕が常連客だということは認識していると思うが、唯一Aさんだけが僕に特別対応をしてくれる。
「特別対応」というと、なんかいい感じに聞こえるが、これが何ともありがたいような、ありがたくないような…。
僕はいつもアイスコーヒーもしくはホットコーヒーのいずれかを注文する。(暑いとアイスコーヒー、寒いとホットコーヒーという単純な注文)
仕事の休憩中に行くので、店内での滞在時間は限られる。
そのため、店内を利用するが、飲み切れない可能性があるので「アイスコーヒーをテイクアウト用のカップでください」という感じで注文をする。
いつも呪文のように「テイクアウト用のカップでください」と注文する僕を覚えてくれて、いつからかAさんは何も言わずともテイクアウト用のカップを用意してくれるようになったのだ。
「テイクアウト用のカップでください」と言うのは意外と煩わしいので、最初は結構ありがたいと思っていた。
しかし、Aさんの特別対応は日を追うごとに加速していく。
ある時、僕がアイスコーヒーかホットコーヒーかを告げる前に、勘でホットコーヒーを準備しているではないか!!
その時は、別の店員さんがレジを行い、後ろでAさんが飲み物を作るという役割だったようだが、僕はAさんに気付かず「アイスコーヒーをテイクアウト用のカップでください」と、いつも通りの注文をした。
すると、Aさんが慌てた様子で、今まさにマシーンで抽出中のホットコーヒーを止めようとしている。
僕はそのホットコーヒーが前のお客さんが注文したものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
レジに並ぶ僕を見て、Aさんは「今日はホットコーヒーだろう」と賭けて、注文前に準備していたのだ。
賭け麻雀ならぬ、賭けコーヒーである。
コーヒー賭博と呼んでもいい。
しかし、僕は今日アイスコーヒーが飲みたい。
コーヒーマシーンは一度動き出したら止まらないシステムのようで、一杯分のホットコーヒーは滝の如く、無常にもマシーンの受け口に流れていった。
Aさんの賭けは見事にハズレ。
「なんかわからんけど、すみません・・・」
と、僕は心の中で謎の謝罪をした。
競馬で1番人気の馬に乗って勝てなかったジョッキーはこんな気持ちなのだろうか。
いや、ちょっと待てよ。(キムタク)
僕は悪くない。多分僕は悪くない。
そんな事に惑わされず、僕はこれからも飲みたいコーヒーを飲むのだ!と心に決め、その後も同じように店に通った。
そこから、今日に至るまでAさんの賭けコーヒーは止まらない。
特に最近は寒い日が続くにも関わらず、アイスコーヒーに賭けている日が多い。
競馬でいうところの大穴狙いだ。当然勝率は低い。
しかし、初めはAさんの予想を裏切る形になったとしても自分の飲みたいコーヒーを注文していたが、最近はAさんの勢いに負け、注文をする前にマシーンを見て、セットされているコーヒーを頼むようになってしまった。
Aさん、僕の負けです。
なので最近は、アイスコーヒーを飲むか、ホットコーヒーを飲むかの選択肢ではなく、Aさんがどっちに賭けているか。
僕のコーヒー選択権は剥奪されてしまったのである。
明日はどっちだろう。そろそろホットコーヒーが飲みたいな。
ちなみに他の店員さんは全く賭けコーヒーをしてこないのでありがたい(当たり前)。
あの店のシフトを裏ルートで入手したいと心から思う。
というか、一回話しかけてくれればいいのに。
「いつもありがとうございます」的な一言があれば、僕も「いえ、こちらこそ。というかいつも先回りで作ってくれてますよね!ありがとうございます。でも実は・・・」という感じで伝えられるのに。
僕から話しかけるべきなのだろうか。
でも話しかけた瞬間、僕たちのこの絶妙な関係は終わる。
もしかしたら、僕もAさんも、2人にしかわからないこの微妙な距離感を楽しんでいるのかもしれない。
明日はホットコーヒーが飲みたい。
店に入った瞬間、「あー、今日は寒いなー」という顔をしようと思う。