『タイトルックBlog』

悔いのない生き方は、後悔の繰り返し。

映画館

先日、久しぶりに映画館で映画を観た。

映画館はたまに行くと、改めていい場所だなと思うし、とても贅沢な時間を過ごしているなと感じる。

 

最近はNetflixアマゾンプライムなど、配信で観ることが圧倒的に多いが、やっぱりたまには映画館にも行きたいなと思う。

 

友人に映画館否定派がいる。

否定派と言っても嫌いな訳ではなく、マナーの悪い人に遭遇する可能性があるから、自宅でゆっくり観る方がいいとのこと。

また、自宅だと一時停止してトイレにいけるのもいいという意見。

 

確かに、わかる。それは一理ある。

 

でもそれを加味しても映画館で観る方が絶対いいやろ!と思っていた。

 

が、しかし!

先日行った映画館で隣に座った2人組がめちゃくちゃ喋る人達で、これはキツい…と思った。

 

大声ではないものの、本編上映中も要所要所ヒソヒソ声で話しているし、最終的にはエンドロールが流れる中、もう感想を話し始めた。

 

(感想言うの早ない?!)

(言うとしても、終わった後、ちょっと自分の中で色々整理してから言いたくない?!)

 

エンドロール中はまぁ最悪いいとして(よくないけど)、なんで映画観てる最中にあんなに話をしたいのだろうか。

 

仲の良い友人と久しぶりに会えて嬉しいのかもしれないけど、話すのはもう少し、待とう。

映画館を出たらいくらでも話せる。

とにかく、もう少し、待とう。

 

 

まぁこういう事に毎回遭遇するのであれば、自宅でゆっくり観た方がいい気もする。

 

でも僕は、やっぱり映画館はいいよなぁと思っている派である。

 

 

そういえば、もう何年も前だが、青天の霹靂という映画を観たときの事を思い出した。

 

監督は劇団ひとり。そして主演、大泉洋

ちなみに劇団ひとりは自ら出演もしている。

 

これがまた良い映画なんですよ。

めちゃくちゃざっくり言うと、命の大切さを改めて感じたり、この世に無駄な命なんて一つもないよなと思える、とても感動する映画なのです。

 

その映画を見終わった直後、余韻に浸りながら外に出るためにエレベーターに乗ったときのこと。

 

エレベーターは満員で、今のご時世では考えられないくらいぎゅうぎゅうだった。

 

しかし、そのエレベーターに乗り合わせた人たちは、全員が同じ回に同じ場所で青天の霹靂を観ていた人たちであり、全員があの感動を味わった後。

なので、心なしか一体感が生まれていた。

 

エレベーター内は無言ではあるものの、目に見えない一体感を抱えて、静かに1階へと動き出す。

 

そんな中、僕の隣に立っていた若い女性2人組のうちの1人が友人に向かって突然話し始めた。

 

「途中から劇団ひとりがカッコよく見えてきて死にたくなったんだけど(笑)」

 

エレベーター内の人々:!?!?!?

 

比喩ではなく、全員の頭の上に「!?」が浮かんだのを僕は見た。

 

話しかけられた友人は、恥ずかしそうに小さい声で相槌を打つ。

 

恐らくその友人はこちら側と同じ意見であり、「なぜこのエレベーターという全員に聞こえる空間でそんなことを言うのか」という表情をしていた。

 

エレベーターの一体感は「映画良かったなぁ」から「この人は何を観ていたのだろう?」に変わった。

 

そりゃそうだろう。

感じ方は人それぞれだが、少なくともあの映画を観て死にたいとは思わない。その真逆だ。

 

そしてなにより、劇団ひとりは普通にカッコいいやろ!(結構好きなので贔屓目に見ている)

 

反射的に「誰があの映画観て死にたくなんねん」と、つっこんでしまいそうだった。

本当に喉のギリギリまで言葉が出てきていた。よく堪えたと思うし、自分で自分を褒めてあげたい。

 

もしかしたら感動の照れ隠しで友人に言ってしまったのかもしれないし、ボケたのかもしれないけど、なんにせよ、もう少し待とう。

エレベーター降りるまで待とう。

みんな、焦るな。

とにかく、もう少し、待とう。